増田 徹(Young探鳥会担当)
関東の各地でも、すっかり姿を見るようになったジョウビタキ。私の周りでも人気の鳥で、再会を心待ちにされていた方も多いのではないでしょうか。色鮮やかな雄も、目のくりっとした雌もそれぞれに魅力があると思います。先日、ジョウビタキに関する興味深い記事を発見したので、その内容と補足して調べたり考えたりしたことを書いてみようと思います。
ジョウビタキの古名は「ヒタキ」で、枕草子の「鳥は~」の段に登場するのが初出とされています。ですので、古事記や日本書紀、万葉集などには登場しません。ヒタキの名は、尾羽を振り下ろしながら「カッ、カッ」と鳴く声が火打ち石を打つ音に聞こえることが由来と言われています。枕草子(1002年)では仮名遣い隆盛の時代ですから「ひたき」と仮名で書かれていましたが、夫木和歌抄(1200年代後半)で初めて「火焼」と漢字が当てられました。京都ではお火焚(おひたき)という行事が寺社で行われているそうで、簡単にネット検索してみました。すると、洛中の若一神社のお火焚は800年以上続くと言われているようで、夫木和歌抄の年代とほぼ一致します。お火焚はジョウビタキが渡来する11月頃行われますので、時代だけでなく季節まで合うことから、何か関係があるのかなと思ってしまいます。
オレンジ・黒・グレーのカラーリングは炭火のよう
今日使われている「鶲」の字が当てられるのは、さらに200年程時代が下った壒嚢鈔(1445年)からとされています。この鶲という字は中国から伝わったと思われますが、現在中国ではサメビタキを指す漢字のようで、どこかであべこべになったのでしょうか。中国語が堪能な弟に簡単に「鶲」という字について調べて貰いましたが、有力な情報は得られませんでした。
ヒタキの頭に「ジョウ」が付くのは、さらにさらに200年程時代が下った日葡辞書(1604年)が初出とされます。ジョウというのは、ジョウビタキの雄の頭部の灰色をおじいさんの白髪になぞらえたと図鑑などには書かれています。茶道の世界では、お湯を沸かすために炭を扱い、そして炭の白く灰になった部分のことを尉(じょう)と呼びます。ここで、ジョウビタキのカラーリングを思い起こすと、炭の黒に、燃えている部分のオレンジ、そして灰の部分の灰色と、見事に炭火の色を再現しています。このことから、ジョウビタキの名は、おじいさんの白髪という意味での尉と、炭が灰になった部分の尉がかかった見事な命名なんじゃないかと勝手に解釈し、感心しました。しかし山本徳太郎氏の「ジョウビタキのジョウ」という記事を読むと、そう単純な話ではないようです。そもそも元々「尉」という字におじいさんという意味、ジョウという読みはなく、当時流行の謡曲(能)において、老翁の面を尉(じょう)と呼び始めたのが最初のようです。そこから流行り言葉となり様々なものに「尉」を付けたようです。上述のお茶の「尉」に関しては、日葡辞書と年代の違わない1600年に書かれた書物、宗春翁茶道聞書に初めて登場するようで、茶道の「尉」も元は謡曲から来たものではないかと思われます。つまり、ジョウビタキの「尉」も、炭火の「尉」も、元は謡曲をルーツとした同時期に発生した語のようであり、私の推測したようにジョウビタキの「尉」には炭火の色合いの意味を兼ねているとしても、それはそれ程問題ではないことだと山本徳太郎氏は論じています。
ここで不思議に思うのは「鶲」という字です。上述の通り謡曲における老翁役の面から「尉」が付いた鳥の、元々の名前が翁と鳥を組み合わせた「鶲」?それも中国ではサメビタキを指す語をわざわざジョウビタキに当てているのは恣意的なものを感じます。これは出来すぎた話ではないだろうか?しかし鶲の字の初出は1445年、“尉”鶲の初出は1604年、その間約160年の隔たりが…。うーん…。
尉鶲の名前の由来は一体…?
ここで少し発想を転回してみましょう。鳴き声を、火打ち石を打つ音になぞらえたヒタキという鳥は炎を連想させるオレンジ色の鳥。毎年11月頃、五穀豊穣に感謝する時期に飛来するヒタキにちなんで、京都ではお火焚のお祭りが始まる。尉の字について漢字辞典で調べてみると、成り立ちはひのしの象形であり、「火で温めたひのしを手にした様から、ひのしの意味を表す。しわを伸ばす、転じて、しわのように縮んだ心を伸ばす、慰めるの意味をも表す」とあります。火焼に鶲の字が当てられた一方、尉の字には火にまつわる由来があり、元々火との結びつきが強かったヒタキの頭に尉がつく。そしてそこから炭火の色合いのジョウビタキを由来とし、炭火の白くなった部分を尉と呼び始める。一方、尉鶲の鶲の字と頭部のグレーの色合いに着目し、当時流行りであった謡曲において老翁の面を尉と呼ぶようになった…。
かなり無理がありますが、お火焚、炭火の尉、謡曲の尉はジョウビタキ由来説。鳥でも他の何物にでも名前が付いていて、その名前には意味や由来があります。鳥の名前の由来を考える一方で、鳥が由来となる名前や文化があっても面白いんじゃないかな~という最後は私の妄想でした。
目がくりっとした雌もかわいい
追記
12/6に所用で京都を訪れたので、若一神社にも立ち寄ってみました。社務所の神職の方に少しお話しを伺ってみると、若一神社のお火焚は平成28年に開始から850年を迎えたとのこと。また、若一神社でのお火焚については、神社建立の年に始まったとされるようでした。ヒタキとの関係性については、残念ながら見出せませんでした。
若一神社に行ってみました!
参考文献:
・新村出(1947) あけぼの
・野鳥(1953年9月) ヒタキの当て字鶲に就て
・野鳥(1958年3月) ジョウビタキのジョウ
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